思えば幼い頃から風呂屋好きであった。母親がよく「おまえは嵐が来ようが矢が降ろうが風呂屋やなぁ」と言っていたのを記憶している。毎日入浴するなど贅沢な時代であったが、まるで義務のように夜ごと風呂屋に通っていた。幼児の頃はひたすら母や姉について女風呂に入っていたのを覚えている。
なぜそうなったのかは今だ定かではない。思うに、風呂屋の明るさや人々の温かさが居心地よく、ごく自然に他人を受け入れる雰囲気にひたっていたのかも知れない。
いまだ「矢が降る」のに遭遇していないが、台風の日の風呂屋は格別であった。外の喧騒とは裏腹に、客がまばらな浴室は「シーン」と静まり返って一種独特のおもむきをかもしだし、さらに停電にでもなろうものならローソクの灯に浮かびあがった浴槽は幻想的でさえある。嵐の中、嬉々として風呂屋へ向かう姿は異様だったかもしれない。今考えると、この頃からお風呂屋さんとの長〜い付き合いが始まっていたように思う。ここにドラマの幕は切って落とされるのである。



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